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豆粥「ずしゅく」


 建仁寺の修行道場では、小豆と玄米を炊いて、昆布で出汁をとった汁をかけてお茶漬けのように食べる料理のことを言います。

 修行道場によってこの豆粥の作り方は異なります。本来「粥」ですから建仁寺の作り方は独特で、また豪華ではないかと思います。

 この料理が食べられる時は1日と15日の朝で、祝聖(しゅくしん)という行事の後に食べます。

 祝聖とは古来中国における皇帝、日本にあっては天皇陛下の健やかなること、無事であることを祈り、さらに民衆の安心を祈る宗教行事です。

 普段の修行道場の朝御飯は「粥座(しゅくざ)」といい、天井が透けて見える、鏡のように天井が映るくらい薄い粥を食べます。しかし、祝聖の朝は栄養もしっかりあり、縁起物でもある小豆を採ることが許されるのです。

 自分の体調を調えるだけでなく、贅沢な食事をいただけるというこの日を有り難く思い、精進することを強く誓う。また逢う人には法を説き、衆生救済に精進する為にこの食を戴くのです。

 このように食事にしても人間は思いを込めて作り、いただきます。今我々が大切にするべき事はこういった心を大切にすることです。

 心を込めようとすれば形になり、それがしきたりや作法となります。そしてその積み重ねによりやがては文化、風習として各地に根付くのです。

 我々はあまりにも心を知ろうとしなくなりました。その理解無く惰性で続けた結果「面倒だ、鬱陶しい」と簡略化、挙げ句の果てに消し去っています。向き合うことを面倒に思うことが今の日本人は「便利」とはき違えているのではないでしょうか?

 心を尽くすと軽やかな風が吹き爽やかな気持ちになるものですよ。今面倒だとしていないこと見直して見ませんか?せっかくのコロナで家にいる機会が多いのですから。ボーッとしてるなら、YouTubeを眉尻と見ているくらいならそっちの方が有意義ってもんですよ.



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